5.対人恐怖症、社交不安障害(2)




中学1年の時に対人恐怖、社交不安障害を発症し、高校卒業後は外に出られなくなりました。ここでは、それ以降の僕の症状について、より詳しく書いていくと同時に、そこからの対人恐怖、社交不安障害の治療と克服の過程を書いていくことにします。



ひきこもる
 ひきこもったのは対人恐怖のせいだけではありませんけども、対人恐怖がその主な理由の一つでもありました。人が怖くて、外に出られなかったのです。具体的に何が怖いかといえば、たとえば、人の視線が気になる(視線恐怖)、自分の顔が醜く感じて、人に馬鹿にされているように感じる(醜形恐怖)、自分が臭くて、人に不快感を与えているんじゃないか(自己臭恐怖)などなど、あらゆる対人恐怖の症状が出ていたからですね。

 それで、外に出られず、ずっと部屋に閉じこもっていました。当時既に鬱でもあったようで、ぐったり横になって、テレビを見る毎日でした。昼夜逆転もして、日の光を浴びることもない生活でした。そんな生活が3年ほど続きました(笑)。笑い事じゃないですね(笑)。結構、悲惨な状態だったんですよ。

 ただ、ある日、心境の変化がありまして。このままではいけない!と思ったんですね。このままでは、死ぬしかないと思い直しまして、外に出ようということにしました。しかし、外に出ようにもなかなか外に出られませんでした。しかし、それでも、まず、近所の自動販売機でジュースを買いに行くことからはじめました。そうして、徐々に外に出る範囲を広げていったんですね。

 そして、自動販売機に行けるようになりました。次に原付でコンビニまで行くことにしました。コンビニまで行けたんですね。勇気を出せばなんとかなるものです。もちろん、中に入ることなんて出来なかったですけど。コンビニなんて怖すぎますもん。コンビニの店員が人間なんですよ。お客さんも他にいるんですよ。そんな中に僕は入れませんでした。

 しかし、このように、原付に乗って、あちこちの店の前までは行くことが出来るようになった僕なのでした。お店の中に入ることは出来なかったですけれども、当時の僕としては、そこまで行けるということだけで、画期的なことなのでした。ものすごい進歩でしたね。

 どこに行くにも最初は怖いものなんです。しかし、同じ場所に何度も行くことで、だんだん恐怖心が和らいでいくことを僕はこの過程の中で知りました。なので、怖いところでも、何度も何度も行っていれば、そこに行くことに対する恐怖心が和らいで、最後にはほとんど恐怖心を感じなくなることを学んだのでした。











床屋さん
 ずっと、ひきこもっていた僕は、髪がものすごく伸びていました。さながら、原始人のような風貌でした。というと、原始人の方に失礼にあたるような風貌でした(笑)。髪があまりに伸びていたので、僕はその長い髪を後ろで束ねていました。女の子のポニーテールみたいな感じでね。結構それはそれで、当時の木村拓哉みたいで、いい感じでしたけども。僕的には、あまり気に入らない髪形だったので、床屋さんに行きたかったのでした。

 しかし! 床屋さんといえば、対人恐怖の僕には、極めて恐ろしい場所でした。まず、床屋さんに行って困るのは、どのように髪を切って欲しいのかを、どう伝えていいのか分からなかったことでした。次に、床屋さんに髪を切られている時に、話しかけられたらと思うと、怖くて仕方ありませんでした。まともに会話なんて出来ない僕でしたから。そんな床屋さんと1時間も一緒にいなければならないということが、僕には怖すぎて、行けなかったのです。

 しかし、行かなければ、髪を切れないということで、とうとう意を決して床屋さんの中に入りました。そして、床屋さんで予約をして、全速力で床屋さんを後にしました。そして、予約した日の当日。僕はその予約をすっぽかしました。あまりの恐怖で、床屋に行くことができなかったのです(笑)。そういうわけで、その床屋さんには一生行けなくなった僕なのでした。

 そんなことを、何件もの床屋で続けて、行ける床屋がどんどんなくなっていくのでした。そこで僕は学びましたね。予約制の床屋だと、予約した日までに恐怖心が強くなりすぎて、髪を切りに行けないことに。そこで僕は予約制じゃない床屋に、思い切って飛び込むことにしました。まさに決死の覚悟です。大げさじゃなくてね。対人恐怖の人間にとっては、床屋というのはそれくらい怖いものなのです。

 そして、僕は床屋に決死の覚悟で飛び込みました。そして、すぐに椅子に呼ばれました。座ってから、「今日はどうされますか?」と聞かれたので、「ててててててて、適当に短くしてくだしあい」とどもりながら意味不明な言葉を返しましたよ(笑)。そしたら、店員がばっさりと原始人のような僕の髪をさっぱりと切り落としてくれました。切られてる最中、ずっと緊張し通しで、冷や汗をずっとかき続けていました。幸い店員は無口な方だったので、何も話さずに済んだので、それだけが救いでしたね。

 そして、そんな恐怖の時間が1時間でようやく終わりました。たった1時間がものすごく長く感じましたよ。そして、床屋っていうのは、やっぱり対人恐怖の僕にとっては、恐怖の場所だということを再認識したのでした。それ以降、僕は床屋に行くことが出来るように成長しましたよ。しかし、それも年に1回行けるだけというレベルにでしたけどね(笑)。それでも、対人恐怖の僕にとってはすごい進歩でした(^-^)










ユニクロ
 外に出るためには身なりを整えたいものだと、思った僕は、当時、地元に進出してきた、ユニクロの存在を知りました。そこには安価な服が売っているということで、貧乏な僕でも服が買えそうだということで、そこで服を買おうと考えたのでした。髪型もちゃんとなったことだし、服もそろえれば、外見だけは整えられて、少しは外に出る恐怖も和らぐだろうと考えたのです。

 そして、ユニクロの前まで実際に行ってみました。そして、外から店内を眺めてみましたよ。そしたら、店員がいっぱいいるし、お客さんもいっぱいいました。僕の横を手を繋いだカップルが通り過ぎています。僕はそれらを眺めながら思いました。怖すぎるって。

 僕のフィルターを通すと、ユニクロの店内はこう見えました。今風で言えば、大勢のボブサップと神取忍がまるで、全員、僕に襲い掛かってくるような恐怖を覚えたのです。それくらい、ユニクロの店内が恐ろしく感じました(笑)。それなので、僕はユニクロに入らず、急いで家に帰って、ひきこもっていたのでした。

 しかし、僕はこれまでの経験で知っていました。たとえ、それほどの恐怖でも、何度か通っていれば、少しずつ、その恐怖が和らいでいくことに。そこで僕は、それから何度も何度もユニクロに行くのでした。ユニクロの店の前までしか行けないことばかりでしたが。そんなことを何度も何度も。それこそ、50回くらい続けました(笑)。そうすると、その頃には、ユニクロの店内が以前より、怖く見えなくなってきていました。

 そこで、とうとう僕は、ユニクロの店内に入りました! 入れました! しかし、怖すぎて即座に出ました(笑)。また、今度はユニクロの店内に入ることを50回くらい繰り返しましたよ。そうしたら、ようやく店内の服を見て周ることが出来るようになってきました。何度も何度も挑戦することで恐怖心が弱まっていったのですね。それで、僕はその後も何度も何度もユニクロに通うことで、とうとう服を買うことに成功したわけです。

 その後、ユニクロで鍛えたせいか、ユニクロ以外のコンビニやスーパーなどのお店にも、なんとか恐怖を感じながらも入れるようになることができたのでした♪ そして、少しずつ身なりを整えて、外見は普通の人と同じような感じになっていきました。










簿記
 だんだん、外に出られるようになってきた僕は、就職のことを考えるようになってきました。就職するには資格が必要だ。どうせ就職するのならば、面白い仕事がよさそうだ。ということで、いろんな資格を探した結果、よ〜し、税理士になってみよう♪ということになりました。税理士になるために高卒の僕が必要なのは簿記1級の資格だということで、さっそく教材を買ってきて勉強を始めました。そして、3級から1級までの勉強を半年で終えたのでした。

 そして、まずは手始めに、3級と4級のテストを受けてみようということで、商工会議所に手続きに行きました。出てきたのはおじさんでした。おじさんはそんなに怖くない僕は、普通に手続きができました。そして、その後、近所の高校で試験が始まりました。3級のテストを受けたのですが、人が周りにいっぱいいて、緊張しながらも、それでも頑張って受けました。次に4級のテストがあったのですが、3級のテストで力尽きた僕は4級のテストを受けずに、帰ってきてしまいました。

 後日、新聞で合格者の発表がありました。それを母が見て、僕に教えてくれました。「合格してたよ!」ってね。僕は商工会議所に行って、3級合格の賞状をもらって帰ってきたのでした。そして、僕は2級と1級の資格を取ろうと、簿記の勉強を頑張るのでした。そして、申し込み時期がきたので商工会議所に行ったのでした。

 そしたら、受付に出てきたのはお姉さんでした。僕は、その時、まだ女性恐怖でした。女性があまりに怖かった僕なのです。そんな僕だったので、僕はその美しい女性を目の前にした時に、こんな言葉を発していました「はおあうぁあおうあぅあぅああああ!」と(笑)。そして、後ずさりして、僕はその場を後にしました。結局、受付が出来ず、試験を受けることも出来なくなってしまいました。そして、税理士の道は諦めたのでした。対人恐怖、恐るべしですね。


仕事と出会い
 人との会話が苦手な僕は、ひきこもっていた時から、自己訓練を始めていました。自分の頭の中で文章を構成して、頭の中で架空の対話相手に話し続けたり、文章を書くことで、少しずつですけども、会話が苦手だった僕が、話す技術を少しずつだけど、身につけてきました。そんな会話の技術を友達と話して、確かめたりしながら、少しずつ人と話すということに慣れていきました。

 さて、税理士という目標を達成できなくなった僕は、あらゆる仕事に挑戦してみるのですが、就職しても、対人恐怖と鬱の無気力のせいで、どの会社も1日で辞めてしまっていました。そんなある日、新聞店の新聞配達の求人を見つけました。僕はこのまま正社員になれないのなら、せめて少しでもお金が稼げればと思い、その求人に応募したのでした。そして、幸運にも採用されました。

 配達というのは、一人で出来る仕事なので、対人恐怖の僕でも、なんの問題もなく勤まりました。毎日、一人で作業をし続けるだけだったので、すごく楽でした。ただ、僕がこの新聞店で得たもっとも貴重なものは仕事はもちろんですけども、それ以上に、この店の店長との出会いでした。

 店長は僕よりも少し年上の方です。この人が僕にいろいろと話しかけてくれたのでした。最初は対人恐怖の僕は話すのが苦手だったので、緊張していたのですが、毎日話しかけ続けてくれたので、次第に店長と話すことに慣れてきました。とてもいい人だったので、僕は店長が好きになっていきました。話すのに慣れていった後は、配達後に店長が待機している店内に遊びに行って、毎日、話し込んでから帰るようになっていました。

 僕は家族にも心を許してはいない人間でした。家族も恐怖の対象でしたから。ただ数人の友達に心を許していただけでした。そんな僕にとって、店長は対人恐怖になってからの僕が心を許した、初めての人でした。店長と話し、店長を信頼することによって、僕の中に男性と親しくなることが出来るという自信が芽生えました。それ以降は男性と話すことが普通に出来るようになっていきました。ただ、女性とはまともに話せないままだったのでした。






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